適切な雇用契約書の作り方は? 労働者とのトラブルを回避する第一歩
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宇都宮市にある栃木労働局のホームページでは、各種労働契約関係書類の様式がダウンロードできるように準備されています。なぜ、このような様式が用意されているのかといえば、各種届出には正式な書類が必要となるためです。
雇用契約書は、労働局などへの届け出が必要な書類ではありません。しかし、労働者には入社にあたり労働条件を正確に把握する権利があり、労働条件を正確に知らせることは使用者(会社)側の義務です。そのほかにも、労働保険や社会保険への加入など、使用者には雇用にあたり生じる義務があります。
本コラムでは、雇用契約書に焦点をあてて、その必要性や、どのような内容を含めるべきかなどについて、宇都宮オフィスの弁護士が解説します。
1、従業員を雇うときは雇用契約書が必要となる根拠
労働法上では、企業や雇用する側を「使用者」、従業員やパート、アルバイトなどの雇われる側を「労働者」と呼んでいます。
労働基準法第15条1項および同施行規則5条では、使用者が労働者を雇い入れるときは、賃金や労働時間そのほかの労働条件について書面の交付により明示しなければならないことが、定められています(労働条件の明示)。
さらに、労働基準法第15条2項では、実際の労働条件が明示されたものと異なる場合においては、労働者は即時に労働契約を解除することができるということも規定されているのです。
なお、労働条件の明示は、両者が捺印する雇用契約書の形ですることまで法律は求めておらず、会社からの一方的な通知という形でも可能です(一般的にこの通知を、「労働条件通知書」といいます)しかしながら、後に「言った、言わない」などのトラブルが生じるのを防ぐためには、雇い入れにあたり、両者捺印(またはサイン)した雇用契約書を交わしておいたほうがよいでしょう。
2、雇用契約書を作成しなければ労働基準法違反になる?
実のところ、前述のとおり、雇用契約書を作成しなければならないという条文上に明記されているわけではありません。しかし、繰り返しにはなりますが、労働者に対して労働条件を書面にて明示することは、法律上定められた使用者側の義務です。
したがって、労働条件通知書を作成していないなど、労働条件が書面で明示されていない場合は、雇用契約書を交わしておくべきといえます。また、働き出したら通知された労働条件の内容と違ったという場合、労働者は即座に雇用契約を打ち切ることができます。つまり、聞いていた内容と違ったという理由で、労働者はすぐに会社を辞めてしまうことができるということです。
さらに、労働条件を書面で労働者に対して明示していないときや、明示された労働条件の内容が労働基準法で定められたルールを満たしていなかった場合は、労働基準法違反にあたり、罰則も設定されています。具体的には、30万円以下の罰金が科されることになるでしょう。
労働条件は口頭で条件を伝えたから大丈夫、信頼関係があるから契約書までは必要がないと思っている事業者もいるようですが、当然このようなケースも、罰金の対象になり得ます。信頼関係があるのであればなおさら、書面でその内容を示すべきでしょう。
3、雇用契約書がないことで争いになり得るケース
雇用契約書を作成せず、労働条件の明示がされなかった場合には、次のようなトラブルが起こりえます。
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(1)求人票の記載や面接時に伝えた内容と実際の労働条件が異なるとき
本来、これ自体も問題になり得る事項ですが、求人票と実際の労働条件が異なることがあるかもしれません。また、面接時に口頭で伝えた条件とその後の入社テストの結果を踏まえ、実際の労働条件が変わったということもありえます。その場合、入社後になって「求人票に書かれていた条件と実際の条件が違う」と、労働者から主張されるケースがあります。
このような場合においても、あらかじめ雇用契約書を交わしておけば、個々の労働者に対して正確な条件を明示したうえで、納得してもらい労働契約を結んだという事実となります。入社時に雇用契約書を交わし労働条件を確認しておくことで回避できるトラブルのひとつといえるでしょう。 -
(2)労働者が把握していない労働条件が判明したとき
入社後に、労働者が把握していなかった労働条件が判明しトラブルになるケースがあります。
たとえば、会社に入社するときは、最初の数か月が試用期間となることがありますが、口頭での説明も受けておらず雇用契約書もないと、後から試用期間があることについて把握していなかったとトラブルになることがありえます。この点、雇用契約書を交わしていれば、労働者には試用期間などの存在も含め、就業規則を把握してもらったうえで就業することになります。
このように、雇用契約書を交わすことは、あらかじめ労働条件を提示することと、労働者自身にその内容を把握しておいてもらうことという2つのメリットがあるのです。
4、雇用契約書に書くべき項目
すでにご紹介したとおり、労働基準法第15条は、労働条件の明示事項を定めており、この事項を欠くと法令違反となります。
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(1)必ず明示しなければならない6事項
労働条件として明示すべき必須事項は次の6事項です。
①労働契約の期間
雇用期間が決まっている場合には、雇用期間をいつからいつまでか明記します。また、試用期間を設ける場合には同様に試用期間を記載します。試用期間は3か月ほどとすることが多いですが、業種・業務内容に応じて適切な期間を設定します。適宜短縮・伸長できるよう定めておくのも有効です。
②期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準
契約の更新の有無および更新する場合またはしない場合の判断の基準(複数可)を明示します。
③就業の場所・従事すべき業務
雇い入れ直後のものを記載することで足りますが、将来の就業場所や従事させる業務を併せ網羅的に明示することも可能です。また、経営方針などの変更により、雇い入れた後に就業場所や業務内容が変更することもあるため、雇用者が業務に必要がある場合には、就業場所、業務の内容を変更することができる旨を記載しておきます。
④始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働(早出・残業など)の有無、休憩時間、休日、休暇、労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
労働者に適用される具体的な条件を明示します。休日については、所定休日について曜日または日を特定して記載します。休暇については、年次有給休暇は6か月間勤続勤務し、その間の出勤率が8割以上であるときに与えるものであり、その付与日数を記載します。また、そのほかの休暇については、制度がある場合に有給、無給別に休暇の種類、日数(期間など)を記載します。
⑤賃金の決定、計算・支払いの方法、賃金の締め切り・支払いの時期、昇給に関する事項
賃金につき記載すべきことは以下のとおりです。- 基本給(有給休暇以外の休暇の場合にも給与を支払うか否かも明記)
- 賞与(支払日、金額など)
- 残業代の計算方法
- 給与の締め日と支払日
- 交通費などの経費の負担と支払い方法
賃金については、基本給などについて具体的な額を明記します。ただし、就業規則に規定されている賃金等級などにより賃金額を確定し得る場合、この等級などを明確に示すことでも可能です。
⑥退職に関する事項(解雇の事由を含みます)
退職の事由および手続、解雇の事由などを具体的に記載します。この場合、明示すべき事項の内容が膨大なものとなる場合においては、労働者に適用される就業規則上の関係条項名を網羅的に示すことも可能です。 -
(2)定めをした場合に明示しなければならない事項
定めをした場合には明示しなければならない事項は次のとおりです。
①退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算・支払いの方法および支払い時期
退職金はあるのか、金額の計算方法やその支払い方法や時期などを記載します。
②臨時に支払われる賃金、賞与などおよび最低賃金額に関する事項
勤務態度や能力・実績によって報奨金がある場合は記載します。また、賞与はあるのか、ある場合何回支払いがあってその金額はいくらかを記載します。(年2回・基本給何か月分など)
③労働者に負担させる食費、作業用品などに関する事項
勤務するにあたって必要な道具や衣服などは支給なのか自己負担なのかについても明示します。
④安全・衛生
労働基準法、労働安全衛生法に基づき、企業は従業員の安全の確保や衛生管理のための就業規則を定める必要があります。たとえば、就業前の機材点検の実施や、健康診断を年に1回受診する義務などがあります。
⑤職業訓練
職業訓練についてのルールがあれば記載します。
⑥災害補償、業務外の傷病扶助
労働者が業務上で負った災害に対し、企業が療養・傷害・休業・遺族補償を行うことを定めます。
⑦表彰、制裁
就業規則に表彰制度について定める場合はその要件を明示します。たとえば、企業への貢献度、勤続年数、社会的な功績などがあります。逆に、制裁の対象になる要件も規定されていれば、明示しなければなりません。
⑧休職や時短勤務
産休や育休制度はもちろん、時短勤務などについて、設定があれば明示します。
5、まとめ
労働条件の通知は労働基準法上必須のものといえます。労働者に労働条件を通知するための労働条件通知書がないことは違法行為となるためです。万が一、労働者からクレームを受けたり、労働基準監督署に相談されてしまったりしたとき、雇用契約書などの労働条件の通知を行った書面がなければ、対抗できません。労働基準監督署から是正を促されたり、労働者から損害賠償請求を行われたりする可能性があります。
雇用契約書のひな型はインターネットを検索すればたくさん出てくるでしょう。しかし、あなたの事業に適した者とは限りません。作成するにあたり、弁護士に相談することをおすすめします。あらかじめ顧問契約を締結していれば、雇用契約書の作成だけではなく、就業規則などの作成、労働者とのトラブル全般にわたる気軽な相談が可能となり、早期に適切な弁護士回答を得ることができます。
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