初めて従業員を雇用するときは? 必要な手続きと行うべき準備を解説
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宇都宮市を含み栃木県全体を管轄する栃木労働局のホームページでは、従業員を新たに雇い入れる場合に利用できる各種助成金について、案内を行っています。事業主として受注増への対応や自身で対応していた経理・雑務の負担を軽減したいときは、新たな人員を雇ったりすることを検討することがあるでしょう。人員を雇い、それぞれが得意とする業務に集中できれば、生産性は大きく向上します。
ただし、従業員を雇うためには、労働基準法その他各種法令に則した手続きや管理体制づくりなどの準備が必要です。それは、雇いたい人員がパートやアルバイトでも変わりません。使用者と労働者が健全な事業活動を継続するために欠かすことができないものです。
本コラムでは、初めて従業員を雇用する個人事業主のために、必要な手続きや環境整備などを宇都宮オフィスの弁護士が解説します。
1、従業員を雇用するときに必要な手続き
従業員を雇用するということは、使用者と労働者の間で労働契約を締結することに他なりません。
トラブルを防ぐためにも、事前に労働条件を明確にし、書面で契約を行う必要があります。
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(1)雇用契約書・労働条件通知書の作成
使用者は、労働者との労働契約締結にあたり、事前に賃金や労働時間などの諸条件を書面などで明らかにする義務があります。(労働基準法第15条第1項)
これは「雇用契約書」または「労働条件通知書」という形で作成されることが一般的です。
これらには、次のような項目を明記すべきと考えられます。- 労働契約期間
- 労働契約更新の有無
- 従事する業務内容
- 労働時間や休憩時間の取り決め
- 就業場所に関する事項
- 休暇や休日の取り決め
- 賃金の計算方法
- 給与の支払い日と支払い方法
- 役職・権限の範囲に関する事項
- 懲戒処分の要件、種類、手続き
- 退職および解雇についての取り決め
他にも条件を付け加える場合は明示しましょう。これらの取り決めは非常に重要ですので、書面で労使双方の押印の上、双方で1部ずつ保存するのが望ましいといえるでしょう。労働契約の書面またはデータ化を怠り、口約束で契約を締結してしまうと、労働者と紛争が生じた場合に、契約内容を誰も把握していないという状況が発生してしまいます。
なお、平成31年4月以降は、労働者が要望する場合に限り、PDFやメール等書面出力可能な形式であればデジタルデータでの明示も可能となりました。 -
(2)健康保険と厚生年金保険の加入手続き
法人または従業員が常時5人以上の個人事務所は、健康保険や厚生年金保険に必ず加入しなければなりません(社会保険の強制適用事業所)。また常時5人以下の個人事務所など基準以下であっても、労使の合意があれば社会保険に加入することができます。
健康保険や厚生年金保険などの社会保険費は、事業者と従業員が折半して支払うことになります。そこでまずは、事業主の新規登録手続きを行います。「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」を日本年金機構へ提出することで手続きは完了です(基準以下の事業所の場合は「任意適用申請書」)。
その上で、新たに人を雇うごとに保険加入手続きが必要か確認し、適切に手続きを行いましょう。
<社会保険の加入対象範囲>
・すべての常時使用される従業員(国籍・性別・賃金は問いません。70歳以上の人は原則健康保険のみ)
・1週間の所定労働時間または1か月の所定労働日数が、正社員の4分の3以上であるパートタイマーやアルバイト
また、平成29年4月1日以降、500人未満の小規模事業者も労使で合意がなされれば、正社員の4分の3に満たない労働者であっても「①週の決まった労働時間が20時間以上②1か月の賃金が88000円以上③雇用期間の見込みが1年以上④学生でないこと」をすべて満たす場合は、社会保険に加入できることとなっています。
<従業員ごとの加入手続き>
・雇用後5日以内に「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を年金事務所に提出します。
・従業員に、被扶養者および被扶養配偶者(年間収入130万円未満かつ同居なら被保険者の収入の半分未満)がいる場合は「健康保険被扶養者(異動)届」と「国民年金第3号被保険者関係届」を年金事務所に提出します。
必要な届け出が提出されていないことが後で分かった場合、資格取得届を提出するとともに、事実が発生したときにさかのぼって保険料を支払う必要があるので注意しましょう。 -
(3)雇用保険の加入手続き
●事業所設置手続き
該当する事業者は、所在地管轄のハローワークに「雇用保険適用事業所設置届」を提出します。
●従業員ごとの手続き
雇用した翌月10日までに「雇用保険被保険者資格取得届」をハローワークに提出します。 -
(4)所得税・住民税の手続き
住民税は前年の所得に対して課税されます。本人が支払う場合は「普通徴収」といい、給料から天引きして事業主が納付することを「特別徴収」といいます。事業者は給与を支払う場合、原則として従業員の給与から住民税を差し引く「特別徴収義務者」となります。
従業員に前年度の所得がない場合は、翌年の5月末まで住民税はかかりません。前職がある場合は「特別徴収にかかる給与所得者異動届出書」を、各市区町村の定めている期限までに提出します。普通徴収の場合で変更しない場合は特に手続きは必要ありません。普通徴収から特別徴収に変更する場合には「普通徴収から特別徴収への切替届出書」を市区町村に提出する必要があります。
所得税に関しては、従業員から「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出してもらい、事業主はそれに基づき「源泉徴収簿」または「給与台帳」を作成し、毎月の納付と年末調整を行います。また、源泉徴収簿に基づいて、会社は源泉徴収票を年に1回従業員に発行する義務を負いますので、きちんと管理するようにしましょう。源泉徴収簿のフォーマットは、国税庁のホームページでも提供されています。給与台帳に基づいて源泉徴収簿を作成することがありますので、どちらも重要な資料といえます。
2、従業員を雇用するために必要な体制づくり
従業員を雇用するためには、さまざまな手続きと管理体制の構築が必要です。
個人事業主が、事業と並行してこれらの作業を進めるのが困難な場合は、弁護士や社会保険労務士にサポートを依頼することをおすすめします。
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(1)業務内容の整理
事業全体の業務内容を整理し、業務範囲を明確にしましょう。雇用契約の形態、業務内容と賃金の関係を明確にしておくことが重要です。
正社員ではなく、パートで働く方に部分的な業務を短時間頼みたいというケースも多いことでしょう。
令和2年4月1日に施行された「パートタイム・有期労働法」により、パート・有期雇用・派遣などの非正規雇用者と、正社員の同一労働同一賃金が義務付けられますので、これらの定義は非常に重要です(中小企業は令和3年4月から)。同改正法によると、有期雇用やパートタイム、派遣を理由とした待遇格差は、原則として不合理な格差に該当するものという趣旨になっています。不合理な格差が生じた場合には、裁判外紛争解決手続(行政ADR)の対象となります。
また、厚生労働省では、賃金制度を検討する際に有効な「職務分析・職務評価導入支援サイト」を公開しています。まずは参考にしてみてはいかがでしょうか。 -
(2)就業規則の作成と労務管理体制の整備
常時10人以上の労働者を雇う事業所の場合、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出る義務があります。就業時間や休暇、退職に関する取り決めなどの労働条件を定めておきましょう。
基準以下の事業所であっても、万が一のリスクに備え、作成しておくことをおすすめします。
事業者は、出勤簿、賃金台帳、労働者名簿のいわゆる法定三帳簿は、3年間の保存が義務付けられています(労働基準法107条、108条、109条、労働基準法施行規則54条6号)。特に、法令や労働契約の順守にあたり従業員の労働時間や休憩時間の管理・把握は非常に重要です。職場への出退勤時間を打刻するタイムカードによる管理が代表的ですが、近年はインターネットやアプリを介して使える勤怠管理・給与計算システムなども多数あります。規模や勤務形態に応じて、労務管理方法を確立しましょう。 -
(3)税務申告・納付の手続き
事業主は特別徴収義務者ですから、労働者の給与から所得税や住民税を源泉徴収して納めなくてはいけません。
新たに給与の支払いを始め、源泉徴収義務者となる場合は、開設してから1か月以内に「給与支払事務所等の開設届出書」を管轄の税務署に提出します。源泉所得税は、給与支払いの翌月10日までに納付します。
各種国税の納付には、e-Taxを利用したダイレクト納付が便利です。「国税ダイレクト方式電子納税依頼書兼国税ダイレクト方式電子納税届出書」を提出しておくとよいでしょう。
3、入社までに従業員から入手すべき書類
各種手続きのために、従業員となる方から入手すべき書類について解説します。
●雇用保険被保険者証
転職の場合は、雇用保険の手続きに必要となります。雇用保険に加入した際に、ハローワークから発行されるものです。以前は紛失防止の観点から事業者が保管することがありましたが、本来労働者が所持することを想定していますし、転職の際には記載されている被保険者番号によって保険の継続加入の有無を管理しますから、退職の際に労働者に返却することが現在では一般的になっています。労働者が所持していない場合には、労働者が返却を受けることを忘れる、あるいはそもそも存在を知らない場合があります。そのような場合は、前職の会社が保管している場合がありますので、注意しましょう。
●年金手帳
厚生年金保険の手続きに必要です。基礎年金番号が分かれば原本でなくてもよいです。
●住民票記載事項証明書
住民税の支払いのために、住民票で従業員の正しい現住所を確認しましょう。住民票の写しとは異なります。間違えやすいので注意しましょう。
●給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
給与計算(所得税の計算)に必要です。扶養家族の人数等によって所得税が変わります。従業員自身に記入してもらいましょう。
●健康保険被扶養者(異動)届
健康保険の手続きや保険料の計算に必要です。こちらも従業員自身で記入します。
●源泉徴収票
10月ごろの年末調整時に必要となります。同年1月以降に他社で働いていた場合、他社で発行した源泉徴収票を提出してもらい、それを含め年末調整を行います。
●マイナンバー
厚生年金保険、健康保険、介護保険、雇用保険、納税手続きにおいて必要となります。マイナンバーは非常に重要な個人情報ですので、セキュリティや取り扱いは細心の注意を払いましょう。
4、従業員から入手してはいけない情報がある
従業員を雇う上では可能な限り情報を知りたいと思うかもしれません。しかし、職業安定法において、社会的差別につながるおそれのある個人情報の収集は禁じられています。
●出自や家族に関わる情報
出自による差別は許されません。本籍地や、家族の職業や学歴などを尋ねることは避けましょう。
●思想信条・政治的表現についての情報
業務に関係ない、思想や宗教、支持政党などについて質問することは不適切です。
憲法は思想良心の自由、表現の自由を保障していますから、従業員の思想信条を制約、あるいは表現を萎縮させるおそれがある、これらの質問は避けた方がよいでしょう。
●プライベートに関する情報
「付き合っている人はいるのか」「結婚や出産はいつごろ」などの業務に関係しない個人的な内容は質問すべきではありません。業務に関係のないプライベートについての質問は、従業員は答える義務がありません。答える義務のない質問に答えさせることは、不法行為に該当する可能性も生じますので、注意しましょう。
5、雇用について弁護士に相談するメリット
弁護士は、労働契約にとどまらず幅広い領域のサポートが可能です。作成した雇用契約書などのリーガルチェックはもちろん、法的紛争に発展しないようなリーガルサポートも行いますし、労使トラブルで示談や訴訟が必要になったとき、適切な情報を提供し、代理人として法的手続きの実務を担います。あらかじめ顧問弁護士として契約していれば、社内の情報が事前に弁護士が把握していますから、スムーズな依頼が可能です。経営者の皆さまの事業の手を止めることなく、問題解決が図れるでしょう。
また、事業活動の上で、契約書やサービス利用規約などの契約文書は、グローバリゼーションによって、ますます重要性を増しています。トラブルを回避するためにも、法律の専門家である弁護士に即座にサポートを依頼できる体制を整えておくことをおすすめします。
6、まとめ
従業員を雇用する際には各種手続きが必要です。初めて雇用する立場になる場合は特に、慣れない手続きの連続で戸惑うことも多いことでしょう。
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