事業外みなし労働時間制で働くと残業代はどうなる? 弁護士が回答

2020年05月20日
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事業外みなし労働時間制で働くと残業代はどうなる? 弁護士が回答

平成26年1月24日、最高裁判所は添乗員として働いていた女性が旅行会社に対して残業代請求をした事件において、事業場外みなし労働時間制の適用を否定し、会社側に残業代の支払いを認めました。会社から細かな指示を受けていたことや連絡を取り合える状況であったことから、みなし労働時間制を適用すべきケースにないと判断されたのです。

事業場外みなし労働時間制は、実際の労働時間に問わず指定の時間働いたものとみなすため残業代逃れの温床となりやすい側面があります。本コラムでは、事業場外みなし労働時間制を採用している会社に対し残業代を請求できるのか? そもそも有効性を争えるのか? というポイントを宇都宮オフィスの弁護士が紹介します。

1、事業場外みなし労働時間制とは?

「会社内で仕事をしていないから事業場外みなし労働制を採用している。だから、何時間働いても残業代は出ない」と、会社から言われたことがある方がいらっしゃるかもしれません。

果たして、本当に残業代は一切出ないのでしょうか。それを確認するためには、そもそも事業場外みなし労働時間制度とはそのような制度なのかについて、知っておく必要があります。

  1. (1)事業場外みなし労働時間制を採用できる条件

    事業場外みなし労働時間制とは、次の場合に契約で定められた所定労働時間を働いたものとみなす制度です。具体的には、雇用契約でみなし労働時間が1日8時間と定められていた場合、事業場外で6時間だけ働いたときも、逆に10時間働くことになったときも、その日は8時間働いたことになるという考え方をします。

    たとえば次の職種のように、外での仕事が前提となる職種で使われています。

    • 外回りかつ直帰の営業
    • 旅行バスの添乗員
    • 新聞や雑誌の記者
    • 出張している会社員

    根拠は労働基準法第38条の2で、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。」と定められています。

    したがって、以下の状況があれば、事業場外みなし労働時間制が認められるといえるでしょう。

    • 労働時間の全部、または一部でも事業場の外で働いた
    • 労働時間の算定が困難である
  2. (2)定額働かせ放題は可能なのか?

    事業場外みなし労働時間制は、給与の計算が簡単になるため一見効率的にも思えます。しかし、実質的に残業代を減らせると考えられがちなことから悪用されやすい制度であるともいえそうです。実際に、そのような状況に身を置くことになり、悩んでいる方も少なくないのではないでしょうか。

    しかし、悪用を防ぐため、労働基準法でも採用する際の条件を明文化しています。まず、事業場外でも労働時間の算定が困難といえない場合は実働時間に応じた賃金を払う必要があることが明示されていますから、まずは労働時間の算定が困難であることを証明しなければなりません。

    そもそも、みなし労働時間制が労働基準法において明文化されたのは1988年と固定電話が当たり前という時代です。携帯電話もインターネットも普及した現代では、間違いなく労働時間の算定が困難なケースはほとんどないといえるのではないでしょうか。

    そのほかにも、労働組合などによる協定で時間を定めるように決められていますし、労働時間を算定する際、事業場外の労働時間については、所定労働時間のほか、その業務を遂行するために通常必要とされる時間(通常必要時間)も利用することになります。さらに、その協定の内容を行政官庁に届けるよう、厚生労働省令で定めているのです。

    つまり、膨大な業務量を命令して「みなし労働時間制だから」という理由で残業代の支払いを会社側が拒否することは許されないといえるでしょう。

2、その事業場外みなし労働時間制、合法ですか?

事業場外みなし労働時間制における残業代請求について確認する前に、現在自分が働いている会社の「事業場外みなし労働時間制が有効か、無効か」ということをチェックしましょう。

労働基準法は個人が会社と結んだ契約よりも優先されます。次のようなケースに当てはまる場合はみなし労働時間制そのものが無効となり、未払い分の残業代を適切に請求できる可能性が高いといえます。

事業場外みなし労働時間制が無効である場合は、通常通りの残業代計算を行い、請求することになります。労働時間の証拠がある限り、それに伴った残業代の請求が認められるでしょう。

  1. (1)毎日事業場に戻って報告しているケース

    事業場外での労働を主とする場合でも退勤前に事業場に戻って日報などの提出が義務付けられているというケースがあります。この場合、就業時間の記録が不可能な環境ではありません。何より、働いていた時間を勤怠記録や日報という形で会社が記録しているなら、間違いなく労働時間の算定ができているといえるでしょう。

    「会社で業務時間を記録しているのに、残業代が支払われない」時点で、事業場外みなし労働時間制を適用できない環境であるといえます。

  2. (2)スマホやモバイルPCなどで連絡が取れる

    繰り返しますが、みなし労働時間制が明文化されたのは1988年です。当時はスマホどころか携帯電話もなく、無線の通信手段といえばかろうじてポケベルがあるほどでした。このような時代背景においては事業場外の労働時間算定が困難という理由も理解できるでしょう。

    令和を迎えた現代においてはメールも電話も場所を問わず行えるし、写真や動画さえ簡単に送受信可能です。実際に事業場外で働いていたとしても、本社から業務について指示や連絡が一切できないという状況はすでに考えづらい時代になりました。ましてや、無線連絡を取れる状態にあるのであれば、なおさらです。

    このように、何らかの手段で連絡を取れる環境にあれば労働時間の算定ができますので、みなし労働時間制が適用されないと判断されるでしょう。

  3. (3)数人で出張している

    たとえ連絡が困難な状況であっても数人で出張した上で業務を行っている場合、構成員のうち誰かが労務時間を管理する役目を負うことができます。したがって、スマホや無線が通じない場所への出勤であっても事業場外みなし労働時間制が適用されると限りません。

  4. (4)ほかにも有効性を疑う事情があれば弁護士へ相談を

    ここに挙げたほかにも、労働時間の算定が困難であるという会社や上司の主張に疑問を抱く場合はすぐ弁護士へご相談ください。

3、事業場外みなし労働時間制の残業代計算

事業場外みなし労働時間制を採用できる場合は、連絡手段の発達した現代においてかなり少なくなっているといわざるを得ません。たとえ裁量的な働き方が認められている場合も労働基準法がそれを認めない可能性があります。

ただし、この制度が完全に死文化していると結論づけることもできないのが現状です。本項では事業場外みなし労働時間制の残業代計算方法を紹介します。

  1. (1)時間外手当がつくのはどのようなときか?

    所定労働時間が1日8時間以下であれば原則として残業代が支払われません。一方で所定労働時間が1日8時間を超える場合は実際の労働時間と関係なく所定労働時間に合わせた時間外手当を受け取れます。たとえば、みなし労働時間が1日9時間と定められた場合は毎日1時間の時間外手当が出ます。

    事業場外みなし労働時間制はあくまで事業場の外で働く労働時間について決めるものです。もし、事業所内で外回りと別に軽いデスクワークをしたら、その分が残業時間となります。なぜなら「外での労働だけで所定労働時間働いたものとする」のが本制度の趣旨といえるためです。

    また通常必要時間1日8時間を超えると裁判で判断された、あるいは労働組合または労働者過半数と使用者の協議で決まった場合はそれに合わせて時間外手当が支払われます。時間外手当は基本給を時給換算した1.25倍です。

  2. (2)休日手当や深夜手当について

    休日手当や深夜手当は、みなし労働時間制であっても支払われます。したがって、会社は深夜労働をしようとする社員に確認が必要です。逆に、労働者は、みなし労働時間制が有効でも深夜労働の分は証拠を示すことで割り増し手当を受け取ることが可能です。

    休日手当は基本給を時給換算した1.35倍、深夜手当は基本給を時給換算した1.25倍です。

4、未払いの残業代は弁護士に相談を

みなし労働時間制はその有効性から争う必要がある上、残業代の計算がいささか特殊であるといえます。そのため、弁護士に相談した上で、未払い分の残業代を請求したほうがよいでしょう。

本項では、残業代請求の手順と弁護士に相談するメリットを紹介します。

  1. (1)みなし労働時間制の有効性を判断する

    みなし労働時間制が使われている会社に対する残業代請求については、まずこの制度が有効であるか否かの判断が必要です。これによって残業代、特に時間外手当の計算方法が大きく変わることになります。先に説明した通り、連絡手段が豊富である現代において労働時間の算定は遠隔地でも難しくありません。したがってみなし労働時間制が有効となるケースは少ないと考えられます。

    また、残業代を請求できる範囲は時効が到来していない分だけに限られます。つまり、勤務期間が長ければ長いほど請求できる可能性が高い残業代があるにもかかわらず、時効によって請求できなくなっている残業代も発生しているということになります。

    未払い分の残業代があり、会社に対して請求を行うのであれば、早急に対応を進めることをおすすめします。

  2. (2)通常必要時間の算定と未払い残業代の計算を行う

    事業場外みなし労働時間制が有効である場合も、通常必要時間が認められる可能性があります。ただし、未払い分の残業代の請求には、残業時間を証明できる証拠が必要になります。業務日報など公式の記録があるに越したことはありません。そのような記録がされていない場合でも指示書やメール履歴など働いていた時間を推定できるものを集めて、残業があった事実を主張します。

    残業が常態化している、到底所定労働時間で終わらない仕事量を押し付けられているならそれをもとに通常必要時間を計算しましょう。状況や証拠の内容によっては、残業したと認められないケースもあり得ます。できる限り事前に、労働問題についての知見が豊富な弁護士に算定依頼することが望ましいと考えられます。

    残業代は労働時間に基づき分単位で支払われます。できるだけ細かく計算しましょう。各種割増賃金の上乗せも忘れずに行います。ここで少なく計算して和解などが成立すると、その後にまた請求しようと思ってもできなくなり、大きなデメリットを被りかねません。残業代の計算はとても時間と集中力を要する作業です。

  3. (3)弁護士に対応を委任するメリット

    従業員が会社に対して未払い分の残業代を支払うよう依頼しても、無視をされてしまうケースは少なくありません。もし、話し合いに応じた場合であれば、自らで示談交渉することになります。

    しかし、労働者の立場が弱いことから言いくるめられる可能性が考えられます。弁護士であれば、あなたの代理人として会社との交渉を進めることができます。つまり、あなた自身は一切相手方と接触することなく未払い分の残業代請求を進めることができるのです。

    あなたの依頼を受けた弁護士は、残業代の計算や証拠の精査を行うだけでなく、示談から訴訟までワンストップで対応できます。裁判の準備および裁判所への出廷も最小限にとどめることが可能ですし、早期解決を目指すことや、訴訟を視野に入れた強気の交渉も行えます。早期解決に至れば、気持ちの切り替えもしやすくなるはずです。まずは弁護士に相談してみることをおすすめします。

5、まとめ

事業場外みなし労働時間制は、必ずしも「悪」というべき制度ではありません。必要とされた背景があったため、作られた制度なのです。しかし、労働時間を算定できるにもかかわらず残業代逃れを目的に使うべき制度でないことは事実です。

未払いの残業代を請求したいとお考えであればベリーベスト法律事務所・宇都宮オフィスでご相談ください。未払い残業代請求をはじめ、労働問題についての知見が豊富な弁護士があなたをサポートします。

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